周囲を巻き込む、「未来の物語」の描き方。 vol.4

【ペットと人のニューノーマルを創造し、拡張するこれからのビジネスの作り方 #4 】

ゲスト:quantum執行役員 川下和彦 氏


■起業家に欠かせない「欲と恐怖」のバランス感覚


生田目: まさにハリウッド映画のシナリオのように、誰もが感情移入しやすいかたちにするということですね。私は経済小説にハマった時期があるのですが、面白い経済小説は、ヒリヒリするような場面をリアルに描いています。だから、経営者にとってはリアルすぎて体に良くないのですが(笑)、それが読み始めたら止まらない理由にもなっている。


だから、表面的ないいことばかりを言うのではなく、「挫折や失敗の経験も交えながら伝える」ことが重要だというのは、とても共感できます。


ちょっと話はズレますが、私は長く成功できる起業家は、バランス感覚に優れていると思っています。それはコミュニケーション能力が大切だという意味じゃないんです。「欲と恐怖」のバランスのことです。


欲を持ちすぎず、恐怖に支配されすぎもしない。適度な欲と適度な恐怖心を持ちながら、その中間で走り続けられる人だけが伸びる。どれだけ妄想力があっても、そのバランス感覚がなければ崖から落ちてしまいますから。


だから、長く事業を続けている起業家は、意外と地味な生活をしていたりしますよね。淡々と続けられる人が残っている印象です。自分が信じられることをずーっとやり続けている。それができるかどうかに秘訣はなくて、好きだからやっているだけでしかないのではないかと思います。川下さんも好きだから新規事業開発に携わり続けているんですよね?


川下: おっしゃるとおりです。誰にも「やってくれ」と頼まれていません(笑)。困ったやつだと思われるかもしれませんが、好きなことしかやりたくないんです。もちろん、儲かるかどうか、つまりビジネスとしてうまくいくのかは重要ですよ。でも、会社からのミッションという位置づけで事業開発をやる人が、だいたいうまくいかないのも事実です。


海外のベンチャー業界のように、事業立ち上げを専門的にやる客員起業家は、確かにプロとして新規事業開発に関わります。その場合、モチベーションは好きかどうかだけではなく、莫大なストックオプションだというケースもあります。


しかし、日本にはそういう仕組みがありません。それゆえ、事業立ち上げのフェーズだけをいくつも経験することができないので、起業のプロが育ちにくい。そう考えると、個人としての「好き嫌い」がしっかりとある人のほうが、日本では起業家としての可能性があると思います。


生田目: そして、そうした起業家の強烈な「好き」を事業へと結実させていくために必要な周囲の巻き込みを、物語が担う、と。


川下: はい。先ほど生田目さんもおっしゃっていたように、事業というものは絶対に計画通りにはいきませんし、まだ誰も見たことも経験したこともない新規事業となれば尚更です。


起業家の「好き」を、思い込みと勘違いから発生する熱量を、社員にも共有して、同じ北極星をみんなで目指す。そのためにはロジックや数字的根拠ではなく、起業家の「好き」が結実した世界を未来の物語という形で可視化してあげた方がうまくいく。これは、今までの経験からも間違い無いと思っています。


生田目:今回の対談でも重要なお話が聞けたと思います。しかしおっしゃる通り起業家の「好き」が事業の物語の出発点なるとしたら、あくまでその物語はその起業家という人間の延長線上にあるものですよね。起業家自身の物語が魅力的でなければ、事業を立ち上げ、成功に導くために必要な人の協力も得られない。そこは忘れないようにしたいですね。