異端の矜持──なぜ、成功体験を手放す勇気が必要なのか

君の“その必殺技”、いまの時代にも本当に通用しているだろうか。


もし即答できないなら。

その時点で、組織の緩やかな衰退はもう始まっているかもしれない。


組織にとって最大のリスクは、意外にも外部の競合ではない。

成功を支えてきたはずの「過去の経験」──それが内側から、少しずつ変化を止めてしまうのだ。


私たちもかつて、「異端」からスタートした。

業界に根付いていた常識。たとえば「技術があれば客はつく」「経営は後回し」「待遇なんて二の次」。


そうした思い込みが、現場の疲弊と顧客の不安を生んでいた。

私はそれが危うい構造だと感じた。直感ではなく、確信として。


だからこそ、あえて外れた道を選んだ。


サービス業としての覚悟。

働く人のやりがい。

そして、一人ひとりの顧客に寄り添う姿勢。


今では当たり前と思われる価値観も、当時は完全に業界の「逆張り」だった。


ただの理想論ではない。現場で試し、練り上げ、仕組みに落とし込み、時間をかけて信頼を得てきた。


異端は、結果を出せば「基準」になる。それは歴史が証明している。


けれど、ここで止まってはいけない。

安定は、終わりの始まりでもある。

慣れ親しんだ型に寄りかかれば、挑戦は後回しになり、組織はゆっくりと鈍っていく。


「かつての異端」が当たり前になった今こそ、自分たちが生んだ“成功モデル”に依存していないか、問い直す時だ。

得意技に頼りすぎていないか。守りに入っていないか。


だから私は、もう一度「異端」であろうと決めた。


壊すべき常識は、他人のものではない。

私たち自身が作り上げた、かつての「成功体験」だ。

これは自己否定ではない。むしろ、自分自身への敬意だ。


理念を軸にしながら、過去の正解を構造的に問い直し続ける。

それこそが、組織としての進化の本質だと信じている。


異端とは、「違和感」を鈍らせないことだ。

その感受性を持ち続けることが、リーダーの、そして組織に集うすべてのプロフェッショナルの矜持である。


ラストマンシップとは、最終責任を引き受ける覚悟のこと。

ただしそれは、単に背負うことではない。 自らが築いた常識すら、変革の対象とする意志と責任のことだ。


あなたの仕事にある“当たり前”を、もう一度疑ってみてほしい。

そして、小さな“異端”から始めてみてほしい。